VERNIERバーニア
Prequel Ⅰ STRANGER

Part Ⅱ


彼は、ベッドの上で半身を起こし、サイドテーブルの上に広げたパズルのピースを繋いでいた。それは500ピース程あって、ほぼ左半分が完成していた。
「レイン、見て? 森できれいな石を見つけたの」
アニーが部屋に入って来て言った。
「石?」
彼が顔を上げる。
「あら、すごい。もうこんなに作っちゃったの?」
テーブルの上のパズルを見て彼女は驚いていた。
「時間があるから……」
彼が答える。
「それにしてもすごいわよ。わたし、ジグソーパズルって苦手なの。みんな同じようでよくわからないんだもの」
ピースの幾つかを指で摘むとまたパラパラと落としてアニーは言った。
「そうなの? 僕は面白いと思うけど……。似ているようでどれも違う。なのに、結局は皆、一枚の絵を構成するための一つの部品でしかない。たった一つのピースがなくても完成しない未完の芸術……。そして、それは同時に名画を切り裂いて粉砕するという大罪を犯してまで挑もうとする、人間の暴力的な欲望がよく表れている」
「ふうん。レインってば難しいことを考えてるのね」
アニーは半分だけ完成した美しい海と砂浜で笑う子供達の笑顔を見た。子供は3人いた。画面中央の子供の顔や身体は半分だけ繋がって、あとは青い海のピースが波しぶきのように置かれている。

「アニー、石ってどんな石?」
レインが訊いた。
「ああ、そう。これよ」
彼女がそっとテーブルに置く。それは彼女の拳くらいの大きさで、ところどころ光を帯びていた。
「これは……」
彼はそれを右手で持つといろいろな角度から観察した。
「ね? きれいでしょう?」
「虹の原石だ」
「虹って? あの空に出る虹のこと?」
アニーが訊いた。
「ああ。水晶の中に眠る虹色の宝石……」
「それってすごいの?」
「そうだね。多分、これはかなり上質な物だ。研磨機があれば虹を取り出してあげるよ」
「そんなことが出来るの?」
アニーは目を丸くして彼の瞳を覗く。
「多分ね。随分小さくなってしまうと思うけど、きっと君に似合うだろう」
「ほんと? わたし、おじいちゃんに訊いてくる」
そう言うと少女は部屋から出て行った。

彼がこの星に来てから3ヶ月が過ぎていた。ここでの生活にも大分慣れ、壁を伝ってなら少し歩けるようにもなった。それでもまだ、一日の大半をベッドで過ごさなければならなかった彼にとって、アニーが外から持ち込んでくる物や情報は彼にとって貴重でとても楽しみな時間になっていた。相変わらず記憶は戻らず、自分が何処の誰かもわからないままだったが、ノーマン老人もアニーもまるで気にせず、本当の家族のように親切にしてくれる。このままレインとしてここで生きるのもいいかもしれない。彼はそう思い始めていた。それにしても、ここは一体何という名前の星なのだろう。そして、外にはどんな景色が広がっているのか。窓のないこの部屋の中からは何もわからなかった。森と海とずっと奥には湖があるということだったが、早くそれを自分の目で見たいと彼は願った。

「海……か」
ふと作り掛けのパズルに視線が映った。彼は右手で青い海のピースを摘んだ。そして、それを当てはめようとした時、絵の中の子供と目が合った。煌く陽光。そして無邪気な笑顔……。それをじっと見つめるうちに何かが胸にこみ上げた。それは苦痛と恐怖が入り混じったような不快な感情だった。絵の上に置かれた指の隙間から海が、更に隣の指の間からは子供の笑顔が覗く。その目が鋭く光って見えた。
「見るな!」
彼は叫んだ。笑い声が聞こえた。彼を嘲る闇の笑いが……。
「やめろ!」
彼はその絵をテーブルから弾き落とした。パネルが逆さまになり、ピースが部屋中に散らばった。

「やめろ……そんな目で僕を見るのは……」
散らばったピースの一つがじっと彼を見つめる。口元は微笑んでいるのに、何故か少女の瞳は冷たく、自分を責めているように思えた。
レインは左手をテーブルに置いたまま、右手で胸を押さえた。
「気持ちが……悪い」
指先から伝わる鼓動が彼にとって唯一の救いだった。自分はまだ血の通った人間なのだと自覚することが出来る。たとえ、他のどの部分が機械になろうと、心臓はまだ生きて機能しているのだから……。生きて赤い血が脈打っている。それを、生きている右手が感じる。まだ終わりではない。自分にはまだ可能性があるのだ。レインはそう自らを納得させた。

「レイン! どうしたの?」
アニーと老人が入って来た。床に散らばったパズルを見て少女が言った。
「ああ、うっかり左手が触れて……それで落としちゃったんだ」
レインが温もりのないその手をさすりながら言った。
「せっかく半分出来ていたのにね」
アニーは残念そうに呟くとピースを拾い始めた。
「調子が悪いのかい?」
ノーマンが訊く。
「いえ。まだ扱いに慣れていないから……」
彼はゆっくりと左手を握ったり開いたりしてみせる。
「それならいいんだが……。他に変わったことは?」
「ありません」
彼は答えた。
「まだ、何も思い出せません。でも、今日はドアまで歩けたんです」
彼は少しだけ微笑んで言った。
「そうか。では、明日はここを出て通路を歩いてみよう」
老人はうれしそうだった。
「そしたら、外にも連れて行ける? ねえ、おじいちゃん」
集めたピースをパネルに乗せてアニーが訊く。
「慣れたらな」
「よかったわね、レイン。もうすぐ海が見れるわよ」
「ああ」
彼も静かに微笑した。


そして、翌日。彼は初めて部屋から通路へと出た。細く長い通路は壁そのものが発光するタイプで、窓は一つもなかった。壁に記されていたのは特有のギャラクシー文字で、それだけでも随分、彼が見知っている家や病院とは違う印象がした。天井には空調が有り、スライド式の扉が幾つも並んでいる。そして、独特の閉鎖感と重圧感に支配されていた。彼は老人が用意してくれた補助具に捕まってゆっくりとそこを歩いてみた。初めはぎこちなかった足の運びもだんだん慣れてスムーズになって来た。

「上手! 上手!」
と、アニーが褒めた。
「うん。何だか要領が掴めて来たよ」
レインもうれしそうに言った。
「これなら、すぐに補助具もいらなくなるね」
ノーマンも言った。
「どれ、疲れたろう? あまりいっぺんに頑張り過ぎるのもよくないよ。そうだ。せっかくここまで歩いて来たのだから、リビングに行って、みんなでお茶にしようじゃないか」
ノーマン老人の言葉にアニーがわあっと歓声を上げた。
「うれしいわ。今日はレインと一緒にお茶の時間を過ごせるなんて……」
「リビングには窓がある?」
レインが訊いた。
「ううん。でも、波の音が聞こえるわよ。それに鳥の声も」
「そう」
彼はそれでも満足した。

「ここは宇宙船の中なんですか?」
テーブルを囲んで座り、注がれたお茶の香気を見つめながら彼が訊いた。
「何故そう思う?」
「雰囲気です。普通の家とは違う。独特の匂いがある」
「そうか。もう20年も宇宙には出て行ったことがないのにな。すっかり染み込んじまったんだな」
老人は感慨深そうに頷くとカップからお茶をすすった。
「宇宙船? これが?」
アニーが驚いて問う。
「ああ。わしが乗って来た船、『スペースリバー』号だ。この船に積んでいた物資のおかげで大分重宝したよ」
「それじゃあ、いつか宇宙へ行くの?」
アニーが訊いた。が、ノーマンは首を横に振った。
「エンジン回路が壊れてね。もう飛ぶことが出来ないんだ」
「そうですか」
レインが残念そうな顔をした。
「レインはいつか宇宙に行きたいと思ってるの?」
アニーの問いに彼は首を傾げた。
「わからない。でも、いつか宇宙を旅していたら、僕が何処の誰なのか知っている人に出会えるかもしれない。そんな気がして……」
それはほとんど天文学的な確率だろうとノーマンは思ったが、何も言わずに頷いた。


それからまた2ヶ月が過ぎた。レインはすっかり元気になり、補助具がなくても歩けるようになった。無論、その間には関節の微調整や部品の交換など、何度も調整しなければならなかった。そして今日、彼は初めて外に出て海を見た。
「綺麗……」
青く美しい水の芸術がそこに広がっていた。空と海と太陽……他には何も存在しない贅沢を彼は体いっぱいに感じていた。空も海もたとえようもない程に澄んでいた。そして、深く鮮やかな群青色をしている。そして、耳には心地よい波の音が繰り返し聞こえてくる。
「どう? 気に入った?」
アニーが言った。
「ああ……。さっき通った花の道や緑の森。どれも皆、素晴らしいよ。まるで楽園のようだ」
レインが言った。潮風がそっと彼の髪を靡かせた。頬に触れたその髪をそっと左手の甲で撫でつける。そんな繊細な動きが出来るようになっていた。

「僕は、この砂浜に辿り着いたんだね」
レインが言った。
「そうよ。あの時は本当に驚いちゃった。だって、わたし、これまでおじいちゃん以外の人間を見たことがなかったんだもの」
アニーが言った。
「君はこの星で生まれたの?」
「そうよ」
少女の美しい黄金色の髪がさらさらと風に舞う。
「ねえ、人間って本当はもっとたくさんいるんでしょう?」
少女が訊いた。
「ああ……」
「人が大勢いるのってどんな感じなのかな? 時々、想像してみるんだけど、やっぱりよくわからないの。人と人は友達っていうのになるんでしょう? それから、恋人ってのになって赤ちゃんが生まれる。ねえ、レインにも友達や恋人がいる?」
「わからない……。でも、君が友達になってくれるなら……」
「ほんとに? レインがわたしの友達になってくれるの?」
アニーはうれしそうに言った。
「うん。だって、独りぼっちなんて淋し過ぎるもの」

胸の隙間を冷たい風が通り過ぎた。それはまるで、リセットされたコンピュータの青い画面のように彼の心の一面を覆った。
(大事なものを置いてきた)
そんな気がした。しかし、水平線の何処を見てもそれを見出すことは出来なかった。冷たい水底に沈んでしまったそれを、取り戻す術はもうないのかもしれない。熱い情熱の欠片が光となって散って行く……。彼は思わず手を伸ばす。が、それは海面に散る水の泡でしかなかった。
「人魚姫……」
彼が言った。
「人魚?」
アニーが聞き返す。
「ううん。きっと気のせいだね。波が一瞬、そんな風に見えたんだ」
レインが言った。
「そう。でも、素敵よね、人魚姫。わたし、いろんな本を読んだのよ。例えば、えーと、『星の王子さま』とか……。王子さまも小さな星でずっとひとりぼっちだったの。それで、友達を探して旅に出たのよ。レイン、きっとあなたのように……」
「僕の……? けど、僕は王子さまじゃないよ」
「いいえ、あなたは王子さまよ。銀色の星に乗って来たわたしの王子さま」
そう言って絡めてきたアニーの手は少しだけ冷えていた。
「帰ろうか? 風が冷たくなってきたし、遅くなるとトニーが心配するから……」
親しみを込めて老人のことをそう呼ぶようになっていた。
(アニーは信じて疑わない。僕が彼らにとって友好的な人間だと……。僕が悪人かもしれないということなど考えもしない。何故そんな風に信じることが出来るのだろう? 僕自身でさえ信じられないことを……)


「もしも、僕が悪人だったらどうするんです?」
そう老人に訊いてみた。
「別に構わんよ」
老人は言った。
「僕は無一文だし、あなた方に害を与えるような人間かもしれない。なのに、どうして僕を助けたんですか?」
「ここでは金などあっても役に立たないよ。それに、わしは医者だ。命に優劣なんか関係ない。目の前で苦しんでいる者を見たらそれを助けるのが仕事だ。それに……」
「……?」
頭上で空調がカタカタと音を立てた。老人はそのスイッチを切って言った。
「おまえさんは悪人なんかじゃないよ」
「何故そう言えるんですか?」
ノーマンは調子の悪い空調を点検するために脚立を取り出す。
「わしは、若い頃からいろんな星を巡り、大勢の人間を見て来た。人を見る目は養って来たつもりだ」
「でも、僕は自分が信じられないんです」
レインが俯く。折り畳まれた脚立を広げると老人は軽く息を吐いた。そして、振り返ると若者に言った。

「なら、わしを信じなさい」
「え?」
「こう見えてもまだまだわしの審美眼は確かじゃよ」
そう言うとノーマンは笑った。
「わかりました。トニー、あなたを信じることにします」
それから、レインは老人が上る脚立を支えてやった。
「こいつはどうも配線の加減がよくないらしいな」
ノーマンが降りて来て言った。
「スイッチの方に問題があるのかもしれません。僕にドライバーを貸してください」
レインはスイッチのボックスカバーを外すと中の部品を見て言った。
「ああ、これは金属が腐食していますね。GL6が断裂してる。換えの部品はありますか? 出来れば、LC2とLBE#3の部品も交換しておいた方がいいと思います。多分、時間の問題でトラブルを起こして来るでしょうから……」
「おまえさんはこういった系統に詳しいのかね?」
「さあ? でも、何となくわかるんです」
「わかった。今、部品を持って来るよ」

確かにレインは機械に明るいようだった。いろいろとトラブルの多かった船内の修理を彼一人でやってくれた。
「ありがとう。助かるよ」
ノーマンが言った。
「すごい。レインは機械のお医者さんだったのね」
アニーも彼の手早さと的確さに感心して言う。
「さあ、どうなんだろ? でも、これくらいのことなら僕でなくても出来ると思うよ」
アニーの壊れた犬の玩具を直してやりながらレインは言った。
「はい、これでいいよ。充電したらちゃんと動く筈だ」
「ありがとう!」
アニーは早速プラグに繋ぐ。子犬のロボットがワンと鳴いた。充電を開始する合図だ。
「直ったわ! おじいちゃん、見て! わたしのドリーが生き返ったの」
「よかったな」
老人が笑い、レインもうれしそうだった。
「ねえ、今日は何処に行く?」
アニーが訊いた。
「そうだね。何か必要な物があればついでに収穫して来よう」
「そうね。林の向こうにオープストの森があるの。少し遠いけど行ってみる?」
「オープストの森?」
「そこにはいろんな果物の実がたくさんあるのよ」
「へえ。本当にここは楽園だね。食べ物には不自由しないや」


彼はアニーと一緒に少し遠出をした。
「ここには天敵はいないの?」
「天敵って?」
「人間を襲って来るような危険な生き物とか」
「そうね。いなくもないわよ。ラドバルシアとか」
「ラドバルシア? それ何?」
「鳥よ。とっても大きいの。獰猛で鋭い嘴と固い爪で獲物を襲うの。他にもゲンガルトルやギダールなんて恐ろしい奴もいるけど、大抵は夜行性だから、昼間なら大丈夫よ」
二人はくねった形の茎を持つ巨大な緑の林を歩いていた。ところどころに大きな花が咲き、甘い香りが漂っている。レインは珍しそうにそれらを見て回った。
「見たことのない植物ばかりだ……。あれ? あの花……」
レインは薔薇のように花びらが幾重にも重なって咲いている赤い花を見つけた。
「美しい花だね。少し大き過ぎて不気味だけど……」
花は艶々と光っていた。彼が近づくと花びらが微かに揺れた。そして、次の瞬間、蔓のような茎が伸びて彼の左手に絡みついた。
「わっ! 何だ、これは……!」
彼が驚いて振り解こうとするが、蔓は更に伸びて絡みつこうとする。
「レイン! だめよ! それに近づいちゃ……」
アニーが慌ててやって来ると持っていた籠で花弁を叩いた。大きな花が頭を垂れる。

「レイン、今のうちよ。ナイフで蔓を切るのよ」
「う、うん」
彼は言われるまま持って来たナイフを取り出すと、手首に絡んでいた蔓を切った。絡み付いていたそれは落ち、残りの蔓はシュルシュルと引っ込んで行った。
「何なの? これ……」
レインが訊いた。
「食虫植物よ」
「食虫……?」
「さすがに人間までは食べないけど、動く物が近づくと絡み付いて来るの」
「でも、どうしてこんなに大きいの? これなら人間だって食べられてしまいそうだよ」
「上を見て」
アニーに言われて見上げるとそこには巨大な羽虫が数匹ゆったりと飛んでいた。その大きさに彼は驚いた。1匹が片腕程の大きさをしているのだ。どうやら、ここでは何もかもが大きく育ってしまうようだった。

それからまた、数分ほど歩いたところにオープストの森があった。アニーの言った通り、そこには様々な実がなっていた。レインは興味深そうにいろんな植物を観察した。それから、食べられる実の見分け方をアニーから教えてもらうと枝から取って籠に入れた。彼にとっては何もかもが珍しく、この星の生態系の有り方が不思議だった。未だ人類によって干渉されていない星……。だからこそ、自然はこんなにも鮮やかで美しく輝いているのか。これほどまでに環境が整い、人間が暮らしていくのに適している星なのに、何故これまで見過ごされていたのか。レインは興味を持ち、もっとこの星について知りたいと思った。
「ねえ、この花の名前は何ていうの?」
青と赤がグラデーションのように重なり合って見事な模様になっている花を見つけて、レインが訊いた。
「さあ。わたしにもわからないわ」
アニーが言った。
「そうか。あれ? 向こうにも変わった花がある」
レインは大きな葉を掻き分けて前に進んだ。
「あ!」
何歩も行かないうちに突然視界が開けた。
「あれは……」
小高い丘に十字架が並んでいた。何十も何百も……それは連なっていた。

「あれはお墓よ」
アニーが言った。
「昔、おじいちゃんと一緒にこの星に来た人たちの……」
「あんなにたくさんの……」
緑の丘に立ち並ぶ十字架。そして、雲一つない空……。
「彼らはどうして死んだのかな?」
レインが訊いた。
「わかんない。でも、病気が……悪い病気が流行ったんだっておじいちゃんが言ってたわ」
「流行り病?」
レインはそこを駆け下りた。そして、墓に刻まれた文字を見た。多くは15〜20年前に没していた。
「アニー、君の両親の墓もここにあるの?」
「多分、あると思うわ」
「多分?」
レインは訝しく思った。
「お墓参りとかには来ないの?」
「お墓参りって何?」
「両親に、お墓に会いに来ることはないの?」
「何故そんなことをするの? もう死んでいるのに……」

(何かが変だ)
レインは思った。何もかもが整ったこの星に違和感を覚えた。そして、目の前にいるこの少女にも……。
(もしかしたら、僕はとんでもない星に……)
その時、巨大な鳥が滑空し、彼に襲い掛かった。怪鳥ラドバルシアだ。鳥は獲物を掴み上げようと強靭な爪でレインの頭を狙った。
「わあっ! やめろ!」
しつこく襲って来る爪を払おうとレインはもがいた。そして、右手で鳥の足を掴むと強引に頭の上から引きずり落とす。鳥は暴れ、翼で彼を叩いた。そして、逆さまになった鳥が彼の腿を突く。服が破け、人工皮膚が裂けたが、生身でなかったのが幸いした。が、次の瞬間、ラドバルシアが飛び立とうと強引に体を捻った。
「ううっ!」
掴んでいた右の手首が捻られて彼は悲鳴を上げた。
「レイン!」
アニーがナイフを構えた。
「危ない! 逃げるんだ!」
彼が叫んだ。が、彼女は迷わず怪鳥のボディーにナイフを突き刺す。
「ぎぇーっ!」
怪鳥はバサバサと翼を動かすと、ふわりと飛んでアニーに襲い掛かった。鋭いその嘴が少女の顔面を狙う。咄嗟に腕を出した彼女の肘にそれがぶつかる。服が裂けた。その時、レインが自分のナイフで鳥の背中を突いた。深く突き刺さったその切っ先が鳥の喉を貫いた。ラドバルシアは何度か羽をばたつかせた。が、やがてくたりと首を垂れて地面に落ちた。

「アニー……」
少女は無事だった。僅かに傷ついた肘を摩っていたが、他に怪我はないようだ。
「大丈夫かい?」
レインが訊くと、彼女は首を垂れて言った。
「だから、ここに来てはいけないの」
「ごめん」
彼は詫びた。妙な勘ぐりをした自分が情けないと思った。
「帰りましょうか」
彼女が言った。
「そうだね」
レインも言って、先に歩き始めた彼女の後ろから付いて行こうとした。その時、彼女の裂けた洋服の下から肌が覗いた。そこには痛々しい傷があった。
「アニー、君は……」